@ikanoboshi
最終更新日:2025年12月7日
| 所在地 | 陸上自衛隊 富士学校 (静岡県) |
|---|---|
| 車体 | クライスラー製 M4A3(76)W VVSS 戦後にHVSSに換装された再生車輛 |
| 砲塔 | アメリカン・スチール・ファウンドリー・グラナイトシティ工場(ASF-G)製 7054366砲塔 シリアル番号 D280? |
| 履帯 | T84 |
| 後部牽引ラグ | ダブル |
| 生産時期(推定) | 1944年3月~7月 |
| 備考 | 車体各所に初期生産車の特徴が認められる。HVSSは後付けで、通常のボルトではなく溶接で接合されている。生産時期的に当初はD82081砲塔(円形二分割式装填手ハッチ付き砲塔)を搭載していた筈で、現在の7054366砲塔(小判型装填手ハッチ付き砲塔)は後から交換されたものとみられる。ピストルポートの真上にASF-Gの鋳造印が入っている。これは同社製7054366砲塔の中でも最後期生産分の特徴らしく、大戦後、カナダに売却されたM4A2(76)W HVSS(1945年3月~5月生産車)の砲塔で比較的多く確認出来る。M4A2(76)W HVSSの内、1950年代初頭まで米国内に残存していた車輛は解体され、砲塔やHVSS等がM4A3(76)W HVSSの再生用部品に回された。 |
| 所在地 | 防衛大学校 (神奈川県) |
|---|---|
| 車体 | クライスラー製 M4A3(76)W HVSS |
| 砲塔 | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・イーストシカゴ工場(CFM-H)製 7054366砲塔 シリアル番号 S1186 |
| 履帯 | T80 |
| 後部牽引ラグ | ダブル |
| 生産時期(推定) | 1944年11月~12月 |
| 備考 | 車体前面吊り上げリングが外寄り設置で、且つ後部牽引ラグがダブルであることから、国内に現存する5輌の中では生産時期が最も明確。この個体はM2ドーザーを装備していたらしく、車体前面(トラベルロック付近)に油圧パイプガード設置用の円筒型の金具が残っている。M2ドーザー付き76mm砲型シャーマンはトラベルロックがエンジンデッキ後方に移設されている※ のが特徴で、この個体も以前の展示状態ではトラベルロックが後方に付いていた。現在は車体前面の標準位置に取付基部ごと再移設されている。
※M1ドーザー付き76mm砲型シャーマンは前後両方にトラベルロックが付いている。 |
| 所在地 | 陸上自衛隊 土浦駐屯地 武器学校 (茨城県) |
|---|---|
| 車体 | クライスラー製 M4A3(76)W HVSS |
| 砲塔 | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・イーストシカゴ工場(CFM-H)製 7054366砲塔 シリアル番号 S1279? |
| 履帯 | T80E5 |
| 後部牽引ラグ | シングル |
| 生産時期(推定) | 1945年1月~4月 |
| 備考 | 後部牽引ラグがシングルで排気ディフレクターは一体式の1944年型だが、車体後面に左右二分割式の1945年型の取付基部が残っている(ディフレクターの先祖返り)。 |
| 所在地 | 陸上自衛隊 玖珠駐屯地 (大分県) |
|---|---|
| 車体 | クライスラー製 M4A3(76)W HVSS |
| 砲塔 | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・ホイーリング工場(CFM-W)製 7054366砲塔 シリアル番号不明 |
| 履帯 | T80E5 |
| 後部牽引ラグ | シングル |
| 生産時期(推定) | 1944年12月~1945年4月 |
| 備考 | 土浦の個体と同様、後部牽引ラグがシングルで排気ディフレクターは1944年型。但し、こちらは1945年型の取付基部が残っていない。 |
| 所在地 | 陸上自衛隊 東千歳演習場 (北海道) |
|---|---|
| 車体(推定) | フィッシャー製 M4A3(75)W HVSS 戦後に76mm砲塔に換装された再生車輛 |
| 砲塔 | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・ホイーリング工場(CFM-W)製 7054366砲塔 シリアル番号不明 |
| 履帯 | 無し |
| 後部牽引ラグ | シングル |
| 生産時期(推定) | 1944年12月~1945年3月 |
| 備考 | 一般には非公開。標的として放置されており、足回りを中心に欠落している部品が多い。後部牽引ラグがシングルになった1944年12月以降の生産車で、且つ左スポンソン上面後方の牽引ケーブルクランプが前寄り(吊り上げリング付近)に付いていることから、フィッシャー製車体とみられる。又、HVSSが基部ごと取り外されている(溶接接合ではない)ため、VVSSからの換装ではない。従って、M4A3(75)W HVSSからの再生車輛と推察。排気ディフレクターは無く、取付基部も残っていない。 |
M4A3(76)Wは1944年3月、クライスラーが運営するデトロイト戦車工廠にてVVSS型の生産が開始された。クライスラーでは9月途中からHVSS型へ移行し、同時期にゼネラル・モーターズ・フィッシャー・ボディ部門が運営するグランドブランク戦車工廠がVVSS型の生産を引き継いだ。生産数はクライスラー製M4A3(76)W VVSSが1400輌(1944年3月~9月)、同HVSSが2617輌(1944年9月~1945年4月)、フィッシャー製M4A3(76)W VVSSが525輌(1944年9月~12月)である。大戦中に投入されたM4A3(76)W HVSSは全てクライスラー製である。
1950年代初頭の再生計画によって、残存していたM4A3(76)W VVSSがHVSSに換装された。又、M4A3(75)W HVSS(1944年12月~1945年3月生産 約700輌)の内、米国内に在った585輌が砲塔を換装し、M4A3(76)W HVSSとして再生された。残存していたM4A2(76)W HVSSやM4A1(76)W HVSSは解体され、砲塔やHVSS等が再生用の部品に回された。記録写真等から、自衛隊車輛の中にもこのような形で再生されたM4A3(76)W HVSSが相当数含まれていたことが窺える。
富士学校のM4A3(76)W HVSSは前記の通り、クライスラー製M4A3(76)W VVSS初期生産車からの再生車輛である。初期生産車の特徴としては、内寄りに設置された車体前面吊り上げリング、上端部が面取りされた前面装甲板、操縦手・副操縦手ペリスコープ前の跳弾板が長い、リアビューミラー取付金具が未装備、車体上面牽引ケーブル固定具が初期位置、砲塔リング跳弾板の水抜き穴が小穴二つ、エンジンデッキプレートが一枚板等が挙げられる。
M4A3(76)W クライスラー製とフィッシャー製の仕様比較
| 型式 | 76mm砲塔 (鋳造業者) |
車体前面吊り上げリング設置位置 | 起動輪 | 転輪 | 後部牽引ケーブルクランプ取付位置 | ディファレンシャルカバー上端部左右両角の処理方法 |
|---|---|---|---|---|---|---|
|
クライスラー製 M4A3(76)W VVSS
1944年3月~9月生産 1400輌 |
D82081砲塔
(ASF-G、CFM-H、CFM-W) |
内寄り | クライスラー型 | プレススポーク型 | 吊り上げリング付近→車体上面後端部 | 半円形の板を溶接 |
|
クライスラー製 M4A3(76)W HVSS
1944年9月~1945年4月生産 2617輌 |
D82081砲塔→7054366砲塔
(ASF-G、CFM-H、CFM-W) |
内寄り→外寄り |
クライスラー型
※大戦後に交換されていることも多い。 |
HVSS用 | 車体上面後端部 | 半円形の板を溶接 |
|
フィッシャー製 M4A3(76)W VVSS
1944年9月~12月生産 525輌 |
7054366砲塔
(GSC、ASF-G、CFM-H、CFM-W) |
外寄り | 平型 | 大径ハブの溶接スポーク型(クローズドスポーク型)、又はディッシュ型 | 吊り上げリング付近 | 縦列又は横列の溶接線 |
|
フィッシャー製 M4A3(75)W HVSS
1944年12月~1945年3月生産 約700輌 ※第二次大戦中、極少数のみが実戦投入された。 |
1950年代初頭、585輌が76mm砲塔に換装 | 外寄り |
平型
※大戦後に交換されていることも多い。 |
HVSS用 | 吊り上げリング付近 | 縦列又は横列の溶接線 |
M4A3(76)W HVSS 日本への供与数
| 年度 | 供与数 |
|---|---|
| 昭和27年度(1952年度) 警察予備隊から保安隊に改組 | 10輌 |
| 昭和28年度(1953年度) | 10輌 |
| 昭和29年度(1954年度) 保安隊から自衛隊に改組 | 177輌 |
| 昭和30年度(1955年度) | 169輌 |
| 計 | 366輌 |
供与当時の自衛隊M4A3(76)W HVSS
裏面
1955年6月27日、東富士演習場での記録写真。第102特車大隊(後の戦車教導隊)所属車輛。車体側面後方に米軍登録番号が残っており、「30113667」はクライスラー製M4A3(76)W HVSS 1944年11月生産車を示している。その下の「T-R-10231-54」は、1954年に東京兵器補給廠で再整備されたことを示しているとみられる。戦後改修によって、主砲防盾にキャンバスカバー、車体左側面に救急箱、車体後面右側にインターフォン、エンジングリルドアのヒンジにトーションバーが追加されている。一方、排気ディフレクターは一体式の1944年型のままで、戦後型の後部マッドガードも付いていない。起動輪はフォード型。予備履帯はT80E5。砲塔はASF-G製7054366砲塔で、ピストルポートの真上に同工場のロゴが鋳込まれた最後期生産分である。
D82081砲塔 =円形二分割式装填手ハッチを備えた初期型76mm砲塔。日本国内での現存は確認出来ないが、自衛隊のM4A3(76)W HVSSの一部にはこの砲塔が搭載されていた。
7054366砲塔 =小判型装填手ハッチを備えた後期型76mm砲塔。自衛隊のM4A3(76)W HVSSの大部分がこの砲塔を搭載。
| 砲塔鋳造業者 | 型式 | 供給先 | 特徴 | |
|---|---|---|---|---|
| ASF-G | アメリカン・スチール・ファウンドリー・グラナイトシティ工場 |
D82081砲塔
7054366砲塔 |
クライスラー(M4A3)、フィッシャー(M4A2、M4A3) | 砲塔側面下端部の切削跡が滑らかに処理されている。最後期の7054366砲塔にはピストルポートの真上に「八角形の中にG」の鋳造印。CFM-H、CFM-Wと共にM4A3(76)W HVSSでは一般的な砲塔。 |
| CFM-H | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・イーストシカゴ工場 |
D82081砲塔
7054366砲塔 |
クライスラー(M4A3)、フィッシャー(M4A2、M4A3) | 砲塔側面下端部の切削跡が荒く、角が立っている(特にD82081砲塔で顕著)。ピストルポートの真上、及びバッスル底面に「CH」の鋳造印(D82081砲塔の初期生産分には無い)。 |
| CFM-W | コンチネンタル・ファウンドリー&マシーン・ホイーリング工場 |
D82081砲塔
7054366砲塔 |
クライスラー(M4A3)、フィッシャー(M4A2、M4A3) | 砲塔側面下端部の切削跡が荒く、角が立っている(特にD82081砲塔で顕著)。後面右側に「CW」の鋳造印(D82081砲塔の初期生産分には無い) |
| GSC | ゼネラル・スチール・キャスティング・エディストーン工場 |
D82081砲塔
7054366砲塔 |
フィッシャー(M4A2、M4A3) | 後面右側に「盾の中にG」の鋳造印。GSC製D82081砲塔はソ連軍のM4A2(76)Wに搭載されていたが、現存する砲塔は確認出来ない。7054366砲塔は一部のM4A3(76)W HVSSも搭載しており、戦後の再生計画によるものとみられる。 |
| USC | ユニオン・スチール・キャスティング |
D82081砲塔
D82081Y砲塔※ 7054366砲塔 |
プレスド・スチール・カー(M4A1、M4A2) | 砲塔側面にシリアル番号が鋳込まれているのが特徴で、M4A1(76)Wの砲塔の大部分を占める。D82081砲塔の初期生産分は後部にベンチレーターを装備していなかった。D82081/D82081Y砲塔は頬がこけたような歪な外形から「痩せ砲塔」と呼ばれることもある。7054366砲塔は一部のM4A3(76)W HVSSも搭載しており、戦後に換装されたものとみられる。 |
| OSF | オードナンス・スチール・ファウンドリー | 7054366砲塔 | プレスド・スチール・カー(M4A1) | 生産数は少ない。現存するM4A1(76)W HVSSの極一部に7054366砲塔が搭載されている。 |
D82081砲塔を搭載した自衛隊M4A3(76)W HVSS
第1師団第1戦車大隊第4中隊所属車輛。車体前面吊り上げリングが外寄りに設置された1944年11月以降の後期生産車だが、ASF-G製D82081砲塔を搭載している。後から交換されたものかも知れない。手前の車輛は60式自走106mm無反動砲。1960年代、近鉄玉手山遊園地(大阪)での撮影か。
※『アーマーモデリング』2006年9月号 P.5に大塚康生氏による同一個体・同一場所の写真が掲載されている。
| 型式 | 構造 | 特徴 |
|---|---|---|
| T66 | シングルピン
全鋼製 |
HVSS用履帯としては最も早く登場したタイプで、大戦時の主流。自衛隊でも初期には一部の車輛に装着されていたことが確認出来る。 |
| T80 |
ダブルピン
接地面 鋼製シェブロン(溶接組立式・シェブロンの高さ1インチ)/裏面 ラバー製 |
大戦末期から使用され、朝鮮戦争では主流になった。履板は前後方向の角が立っており、左右両端とシェブロンの根元に溶接跡が有る。M26/M46用のT80E1と共通の履板。防衛大学校に現存するM4A3(76)W HVSSが装着。 |
| T84 |
ダブルピン
ラバーシェブロン(シェブロンの高さ1インチ) |
戦後型。接地面もラバー製でパレードや外部の展示イベントの際に使用されたため、当時の写真や映像で目にする機会が多い。M26/M46/M47用のT84E1と共通の履板。富士学校に現存するM4A3(76)W HVSSが装着。 |
| T80E5 |
ダブルピン
接地面 鋼製シェブロン(一体鋳造・シェブロンの高さ1.5インチ)/裏面 ラバー製 |
T80の戦後型。履板は前後方向の角に丸みがあり、シェブロンと一体で鋳造されている。シェブロンはT80よりも0.5インチ高く、テーパーが付いている分、細く見える。登場時期は4種類の中で最も遅い。M26/M46/M47用のT80E6と共通の履板。土浦武器学校と玖珠駐屯地に現存するM4A3(76)W HVSSが装着。 |
1944年生産のシャーマンの後部牽引ラグは、ハンドル付き牽引シャックルに対応したダブル式(複列)になっていたが、T型牽引シャックルの導入に伴い、1944年12月からシングル式に戻った(前部牽引ラグはダブルのまま)。
後部牽引ラグには5桁の車体シリアル番号が刻まれており、そこから製造業者と生産時期を特定することが可能である。しかし、国内現存車輛のシリアル番号は残念ながら現時点では判明していない。富士学校の車輛を取材した方によると、塗膜が厚く、判読不可能だったとのこと。
1942年~1943年に生産されたフォード製M4A3は薄い板金製の一体式排気ディフレクターを装備していた。1944年生産のフィッシャー及びクライスラー製M4A3のディフレクターも基本的な構造は同じで、左側に押し上げ用の支柱、中央に固定用のピンが追加されている。1945年生産車では、より大型で頑丈な左右二分割式装甲ディフレクターが導入された。又、1944年以前の生産車でも、戦後改修によって1945年型ディフレクターに換装されている例は多い。しかし、自衛隊のM4A3(76)W HVSSでは、逆に1945年型から1944年型に先祖返りしている例が散見し、米軍が1945年型を自軍用のストックに回した可能性が有る。日本国内に現存するM4A3(76)W HVSSでは、富士、土浦、玖珠の個体が1944年型を装備しており、1945年型は残っていない (記録映像から、自衛隊でも1945年型ディフレクターを装備する個体が存在したことは確認出来る)。逆に米国内に現存するM4A3(76)W HVSSのディフレクターは1945年型が支配的で、1944年型は確認出来ない。
左右二分割式装甲ディフレクター(1945年型)を装備した自衛隊M4A3(76)W HVSS
1962年10月、北海道大演習場での記録映像。第11師団第11戦車大隊所属車輛。