M36戦車駆逐車の仕様

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最終更新日:2026年1月1日


目次

略年表
M10系の車体仕様比較
フォード製M10A1
フィッシャー製M10A1
M36系の車体仕様比較
T8/M4砲架
M4A1砲架
M3 90mm砲
フィッシャー製T71/M36
マッセイ・ハリス製M36
アメリカン・ロコモーティブ製M36
フィッシャー製M36B1
モントリオール・ロコモーティブ製M36
アメリカン・ロコモーティブ製M36B2
戦後改修
M36のニックネーム


略年表

1942年9月 ゼネラル・モーターズ・フィッシャー・ボディ部門にてM10の生産開始(1943年12月まで:合計4993輌)。
※M4A2と同じゼネラル・モーターズ 6046 直6×2ディーゼルエンジンを搭載。
1942年10月 フォード・モーターにてM10A1の生産開始(1943年9月まで:合計1038輌)。
※M4A3と同じフォード GAA V8ガソリンエンジンを搭載。実戦配備はされず、米国内での訓練に用いられた。
1942年12月 フィッシャーでM10の前照灯プラグホルダーの取付角度を垂直に変更。従来は車体前面と平行に設置していた。
※フォード製M10A1は恐らく生産終了まで車体前面と平行に設置。

フォード製M10A1の車体前後の吊り上げリングがパッド付きの鋳造品からパッドの無い鋳造品へ移行。

1943年4月 フィッシャーでM10の右前照灯の真上にアンテナブラケットを追加。
1943年5月 フォードでM10A1の右前照灯の真上にアンテナブラケットを追加。
1943年7月 フィッシャー、フォード両社でシャープノーズ・ディファレンシャルカバーを導入。 従来のダルノーズよりも前端部が増厚され、牽引ラグがハンドル付きシャックルに対応したダブルラグとなる。
※米軍は1943年9月以降の生産車にシャープノーズとディスク型誘導輪の装備を義務付けた。
1943年8月 フィッシャー製M10の車体前後の吊り上げリングがパッド付きの鋳造品からパッドの無い鋳造品へ移行。
1943年9月 フォードで軟鋼製90mm砲塔をM10A1車体に搭載した2輌のT71試作車が完成。
※90mm砲塔の設計と木製モックアップ製作はゼネラル・モーターズ・シボレー部門が担当。砲塔上部のM2重機関銃は当初はリングマウント式だったが、試験の結果、ピントルマウント式に改められた。

フォードがM4A3及びM10A1の生産から撤退(エンジンと装甲板の生産は継続)。

フィッシャーでM10A1の生産開始(1944年1月まで:合計675輌)。

フィッシャーでM10/M10A1の車体及び砲塔側面増加装甲取付用ボスを廃止。

フィッシャーでM10のエンジンデッキパネルの中央にエンジンオイルゲージ用装甲フィラーキャップを追加。
※エンジン潤滑系の改良に伴う変更。

1943年10月 フィッシャーでM10/M10A1の車体前面アンテナブラケットを右上部の角に移設。
1943年11月 フィッシャーで後部牽引ラグがシングルからダブルへ移行。
※前部用と同じくハンドル付きシャックル導入に伴う変更。
1944年1月 フィッシャーがM10A1車体の最終分300輌を生産。これらは元々T71用だったため、砲塔は搭載せず。

ライマ戦車補給廠にてM10A1からM35全装軌牽引車への改修開始(1944年6月まで:合計209輌)。

1944年4月 フィッシャーにて砲塔の無いM10A1車体からT71(後にM36として制式化)への改修開始(1944年7月まで:合計300輌)。
1944年6月 マッセイ・ハリスにてM10A1からM36への改修開始(1944年12月まで:合計500輌)。
※90mm砲塔は引き続きフィッシャーが生産。
1944年10月 アメリカン・ロコモーティブにてM10A1からM36への改修開始(1944年12月まで:合計413輌)。

フィッシャーにてM36B1の生産開始(1944年12月まで:合計187輌)。
※M10A1車体の代替として新規生産のM4A3車体に90mm砲塔を搭載した。

1944年12月 フィッシャーでM4A2/M4A3車体の後部牽引ラグがシングルに戻る。
※T型シャックル導入に伴う変更。
1945年5月 モントリオール・ロコモーティブにてM10A1からM36への改修開始(1945年7月まで:合計200輌)。

アメリカン・ロコモーティブにてM10からM36B2への改修開始(1945年8月まで:合計672輌)
※M10A1の供給枯渇により、代替としてディーゼルエンジンのM10の車体に90mm砲塔を搭載した。

※1945年生産のM36/M36B2には主砲にダブルバッフル型マズルブレーキ、砲塔に装甲屋根が追加された。排気ディフレクターは左右二分割式装甲ディフレクターに換装、足回りは履帯の両側に拡張エンドコネクターを装着可能なE9仕様(スペースドアウトVVSS)に改修された。しかし、これらの車輛が大戦中に実戦投入されることは無かった。

1945年8月 モントリオール・ロコモーティブにてM10をM36B2へ改修(合計52輌)。
※M36系は合計2324輌(M36:1413輌、M36B1:187輌、M36B2:724輌)で生産終了。




M10系の車体仕様比較

型式 エンジン 製造業者 生産時期 生産数 車体側面ボス 前照灯基部 前照灯プラグホルダー取付角度 車体前面アンテナブラケット取付位置 サイレン ディファレンシャルカバー 後部牽引ラグ 起動輪
M10 GM 6046
直6×2 ディーゼルエンジン
フィッシャー 1942年9月~1943年12月
4993
ボス付き→ボス無し 円筒型部品 車体前面と平行→垂直 無し→右前照灯の真上→右上部の角 マーズ型(メッシュ型) ダルノーズ→シャープノーズ シングル M3中戦車型→平型

型式 エンジン 製造業者 生産時期 生産数 車体側面ボス 前照灯基部 前照灯プラグホルダー取付角度 車体前面アンテナブラケット取付位置 サイレン ディファレンシャルカバー 後部牽引ラグ 起動輪
M10A1 フォード GAA
V8 ガソリンエンジン
フォード 1942年10月~1943年9月
1038
ボス付き 裾の広い鋳造部品 車体前面と平行 無し→右前照灯の真上 フェデラル型(V字グリル型) ダルノーズ→シャープノーズ シングル フォード型
フィッシャー 1943年9月~1944年1月
675
ボス無し
※ボス付きも少数混在
円筒型部品 垂直 右上部の角 マーズ型(メッシュ型) シャープノーズ シングル→ダブル 平型


車体側面ボス
M10/M10A1はシャーマンよりも薄い装甲を補うため、増加装甲をボルトで取付可能なボスを車体前面、側面及び砲塔側面に装備した。結局、増加装甲は制式化されず、車体側面のボスはグローサーラックの取付に利用された(前線で現地製作の増加装甲が取り付けられることはあった)。ボス基部はM10極初期生産車では四角形だったが、M10A1では当初から円形だった。フォード製M10A1は恐らく生産終了まで車体側面にボスを装備していた。一方、フィッシャーでは1943年9月頃の生産車から車体側面及び砲塔側面のボスが廃止され、グローサーラックは車体側面に直接溶接されるようになった。フィッシャー製M10A1では基本的に車体側面ボスは廃止されているが、移行期には側面ボス付きの車体も少数混在していた。

前照灯基部
フィッシャーとフォードのM10系車体で、一貫して仕様が異なるのは前照灯基部である。フィッシャーは同社特有の円筒型部品を使用した。一方、フォードは裾の広い鋳造部品を使用した。これは小型ハッチ車体のシャーマンで広範に使用された部品である。前照灯基部は通常、後から交換されることが無いため、製造業者を判別する上で最も確実な部分と言える。

前照灯プラグホルダーの取付角度
M10/M10A1は当初、前部ライトガードに溶接されている前照灯プラグホルダーを車体前面と平行(初期位置)に設置していた。フォード製M10A1は恐らく生産終了まで初期位置のままだった。一方、フィッシャーは1942年12月頃に取付角度を垂直(後期位置)に変更した。フィッシャー製M10A1は1943年9月から生産されたため、後期位置となっている。

車体前面アンテナブラケットの取付位置
フィッシャーでは1943年4月、フォードでは5月から右前照灯の真上(初期位置)にアンテナブラケットを追加した。フォード製M10A1は恐らく生産終了まで初期位置のままだった。一方、フィッシャーは1943年10月頃に右上部の角(後期位置)に移設したため、同社製M10A1ではアンテナブラケットが後期位置に設置されている。尚、当初は車体前面アンテナブラケット付きのM10A1がM36への改修用とされていたが、1945年には供給が枯渇したため、アンテナブラケット未装備の初期生産車も改修に回されるようになった。それらの車輛はアンテナブラケットが後期位置に後付けされている。同様にフィッシャー製M10初期生産車から改修されたM36B2もアンテナブラケットが後期位置に後付けされている。

サイレン
フィッシャーはパンチングメッシュの前面カバーを持つマーズ・シグナルライト型サイレンを主に使用した。初期のマーズ型サイレンは前部と後部がほぼ同径だったが、程なくして前部の径が大きなサイレンに移行した。一方、フォードはV字を象った前面グリルを持つフェデラル・エレクトリック型サイレンを主に使用した。これはシャーマンで最も広範に使用されたサイレンである。M10及びM10A1のサイレンは初期には左前部フェンダーの内側(ディファレンシャルカバーの左隅)に横倒しにして設置されていたが、後にL字型の台座を介して車体前面左隅に移設された。1944年生産のM36のサイレンは全て車体前面左隅に設置されている。1945年生産のM36/M36B2ではサイレンがホーンに変更され、左前照灯の真上に移設されている。

M36の左前照灯周辺。左はフォード製M10A1車体、右はフィッシャー製M10A1車体。前照灯基部の形状、前照灯プラグホルダーの取付角度、サイレンの仕様が異なる。ライトガードはフォードの方が若干低い位置に取り付けられている。

M36B2の左前照灯周辺。この個体はM10極初期生産車からの改修車で、四角形のボス基部とパッド付き吊り上げリングを装備し、前照灯プラグホルダーは車体前面と平行に設置されている(前照灯を取り外し、プラグをソケットに挿している)。1945年生産のM36/M36B2ではサイレンがホーンに変更され、前照灯の真上に移設されている。

ディファレンシャルカバー
初期のシャーマンのディファレンシャルカバーはM3中戦車以来の3ピース型と新設計の1ピース型(E4186/通称ダルノーズ)とが混在していた。これはトランスミッションの供給元の違いに起因しており、自動車メーカーはトランスミッションを内製したため、1種類のカバーを使用したのに対し、鉄道車輛メーカーはトランスミッションを外注したため、2種類のカバーを併用した。フィッシャー、フォード両社は基本的に1ピース型を使用した。M10の試作車であるT35/T35E1は3ピース型だったが、M10/M10A1は当初からダルノーズだった。米軍は1943年9月までに前端部を増厚した1ピース型(E8543/通称シャープノーズ)に統一することを決定。フィッシャーとフォードは7月頃にシャープノーズを導入した。生産時期的にフォード製M10A1は大部分がダルノーズ、フィッシャー製M10A1は全車がシャープノーズを装備していたと考えられる。シャープノーズでは牽引ケーブルの着脱時間を短縮出来るハンドル付きシャックルと、それに対応したダブル(2列)の前部牽引ラグが採用された。初期仕様のシャープノーズでは牽引ラグ上の足掛けが本体と一体鋳造されていたが、これはケーブルの着脱作業を妨げることが判明したため、程無くして帯板を溶接した足掛けに変更された。フィッシャーでは1943年12月頃からM10系特有のコの字型の足掛けが廃止された。

後部牽引ラグ
後部牽引ラグのダブルへの移行時期は前部よりも遅く、フォードでは最後までシングルのままだった。フィッシャーでは1943年11月頃にダブルへ移行した。フィッシャーで改修した300輌のT71/M36は1944年1月生産のM10A1車体を使用したため、後部ラグはダブルになっている。尚、牽引ケーブルの着脱時間をさらに短縮出来るT型シャックルの導入に伴い、牽引ラグがダブルである必然性が無くなったため、シャーマンの後部ラグは1944年12月から再びシングルに戻った。そのため、M36B1では生産後期に後部ラグがダブルからシングルへ移行している。尚、前部ラグは足掛けの基部を兼ねていたため、引き続きダブルのままだった。

起動輪
フィッシャーは初期にはM3中戦車型起動輪、1943年半ばからは肉抜き加工を省略した平型起動輪を使用した。これらは鋼鉄板を切り抜いて造られたもので、シャーマンで広範に使用された。一方、フォードは同社特有の鋳造製起動輪を使用した。フォード型起動輪はM3型起動輪と似た形状だが、両面に多数の窪みが入っているのが特徴である。

M10系車輛で使用された起動輪。左からM3中戦車型、フォード型、平型。


フォード製M10A1

◎フォード・ハイランドパーク工場にて、1942年10月~1943年9月に1038輌を生産。
◎車体側面に増加装甲取付用ボスを装備。ボス基部は当初から円形。
◎前照灯基部は裾の広い鋳造製。
◎ライトガードの前照灯プラグホルダーは車体前面と平行に設置。
◎1943年5月頃から車体前面の右前照灯の真上にアンテナブラケットを追加。アンテナブラケット未装備の初期生産車はM36への改修時に右上部の角に後付けされている。
◎サイレンは主にフェデラル・エレクトリック型(V字グリル型)を使用。
◎ディファレンシャルカバーは1ピース型ダルノーズから始まり、1943年7月末頃にシャープノーズへ移行。
◎後部牽引ラグは生産終了までシングル。
◎VVSSのカバーは「GAD」のロゴが鋳込まれた自社製品を一般的に使用している。
◎起動輪はフォード型。但し、M36では平型に交換されている例も多い。

※フォードは1943年9月にM4A3及びM10A1の生産から撤退。M4A3はフィッシャーとクライスラー、M10A1はフィッシャーが生産を引き継いだ。フォードはエンジンと装甲板の生産を継続した。予算局戦争計画課が1943年8月に計上した推定単価によると、フォード製M4A3が64,500ドル、同M10A1が63,400ドルなのに対し、フィッシャー製M4A3は40,500ドル、同M10A1は33,682ドル、クライスラー製M4A3は39,370ドルとなっている。巨額の国費を投じて新設された戦車工廠を擁する2社に対し、既存の自動車工場を転用したフォードは生産コストの面で大きく水を開けられていた。

※フォードはリバー・ルージュ工場の鉄鋼生産施設で戦車用の装甲板や鋳造部品を製造していた。フォード製の鋳造部品には「GAD」のロゴが鋳込まれている。

1943年3月11日、フォード・ハイランドパーク工場で試験走行を行うM10A1。側面ボス付きの車体及び砲塔。砲塔後部に楔型カウンターウェイトを装備。車体吊り上げリングはパッド無しの鋳造品(フォードはフィッシャーに比べ、パッド付きからパッド無しへの移行時期が早い)。前照灯プラグホルダーは車体前面と平行に設置。右奥にはM4A3も見える。


フィッシャー製M10A1

◎フィッシャー・グランドブランク戦車工廠にて、1943年9月~1944年1月に675輌を生産。
◎最後の300輌(1944年1月生産車)はT71への改修用とされたため、砲塔は搭載されなかった。
◎フィッシャー製M10A1は基本的に車体側面ボスが廃止されている。但し、移行期にはボス付き車体も少数混在していた。
◎前照灯基部は円筒型。
◎ライトガードの前照灯プラグホルダーは垂直に設置。
◎車体前面アンテナブラケットは右上部の角に設置。
◎サイレンは主にマーズ・シグナルライト型(メッシュ型)を使用。前部の径が大きいタイプ。
◎ディファレンシャルカバーは1ピース型シャープノーズ。1943年12月頃に中央前端部のコの字型の足掛けを廃止。
◎後部牽引ラグは1943年11月頃にシングルからダブルへ移行。
◎起動輪は平型。

※フィッシャー製M10A1で、元の3インチ砲塔を搭載した車輛の写真は殆ど確認出来ない。数少ない例として、フィッシャー製M10A1 1943年10月生産車(登録番号40112390)の右側面写真が『グランドパワー』2011年7月号 P.37上段と『LEGENDS OF WARFARE M10 Gun Motor Carriage』P.28上段に掲載されている(エンジングリルドアの把手の取付位置からM10A1であることが判る)。


M36系の仕様比較

製造業者 型式 車体 生産時期 生産数 登録番号 シリアル番号 砲架 主砲 車体右側面
フィッシャー T71/M36 M10A1
フィッシャー
1944年1月生産車
1944年4月~7月
300
40177329~40177628 1~300 T8/M4 ストレート型→ネジ山保護リング付き(先端まで同径のリング) 側面ボスが廃止された車体
M36B1 M4A3
フィッシャー
1944年10月~12月
187
40190900~40191086 601~787 M4A1 ネジ山保護リング付き(先端の径が小さいリング)
マッセイ・ハリス M36 M10A1
フォード/フィッシャー
1944年6月~11月
300
40177629~40177828
40190023~40190122
301~500
501~600
M4 ネジ山保護リング付き(先端まで同径のリング→先端の径が小さいリング) フットマンループ取付位置は最後部ボスより前
M10A1
フォード/フィッシャー
1944年11月~12月
200
40191087~40191286 788~987 M4A1 ネジ山保護リング付き(先端の径が小さいリング)
アメリカン・ロコモーティブ M36 M10A1
フォード/フィッシャー
1944年10月~12月
413
40191287~40191699 988~1400 M4A1 ネジ山保護リング付き(先端の径が小さいリング) フットマンループ取付位置はやや低い
最後部下側のボスは削除されていることが多い
M36B2
(E9仕様)
M10
フィッシャー
1945年5月~8月
672
M4A1 ダブルバッフル型マズルブレーキ付き
モントリオール・ロコモーティブ M36
(E9仕様)
M10A1
フォード
1945年5月~7月
200
1401~1600? M4A1 ダブルバッフル型マズルブレーキ付き 最後部ボスは上下共に削除
M36B2
(E9仕様)
M10
フィッシャー
1945年8月
52
M4A1 ダブルバッフル型マズルブレーキ付き




T8/M4砲架


マズルブレーキ非対応のT8/M4砲架。シリアル番号600までの車輛に搭載されたと云われている。砲架左側のバネ式平衡装置が未装備で、消火器の下方に乗員の足場となる板が設置されている。左右のリコイルガードの間にはクランク状のロッドが溶接されている。画像はT71のテクニカルマニュアルより。


M4A1砲架
マズルブレーキ装着に対応したM4A1砲架。砲架トラベルロックと俯仰機構を改良し、バネ式平衡装置を追加。シリアル番号601以降の車輛に搭載されたと云われている。但し、1944年中に生産されたシリアル番号1400までの車輛にはマズルブレーキが未装備だったため、平衡装置は砲架と接続されず、ストラップで固定されていた。結局、マズルブレーキの追加には多くの工程が必要なことから、前線で後付けされることは無かった。リコイルガードの内側にはカウンターウェイトが追加され、左右を繋ぐロッドが無くなっている。砲塔側面及び後面の上端部には乗員保護用のパッドが追加されている。画像はM36B1のテクニカルマニュアルより。

1945年5月生産のM36/M36B2からダブルバッフル型マズルブレーキの導入に伴い、バネ式平衡装置が砲架に接続されるようになった。画像はM36B2のテクニカルマニュアルより。


M3 90mm砲

マズルブレーキ装着用のネジ山加工が施されていないストレート型砲身。T71試作車及び極初期のフィッシャー製T71が装備した。写真はフィッシャー製T71。

マズルブレーキ装着用のネジ山加工が施された砲身。フィッシャー製T71/M36の生産途中から導入されたが、マズルブレーキの生産が間に合わず、代わりにネジ山保護リングが装着された。初期のネジ山保護リングは先端まで同径だった。写真はフィッシャー製T71/M36。ネジ山加工が施された砲身はマズルブレーキ装着に対応したM4A1砲架よりも先に導入されたと考えられる。

後期のネジ山保護リングは先端の径が小さくなっている。恐らく軽量化のための改良と考えられる。写真はフィッシャー製M36B1。
※シャーマンの76mm砲のネジ山保護リングも戦中型は先端まで同径だが、戦後型では先端の径が小さくなっている。


1945年5月生産のM36/M36B2から導入されたダブルバッフル型マズルブレーキ。写真はALCO製M36B2。

M3A1/M3A2 90mm砲→ 戦後改修


フィッシャー製T71/M36

◎フィッシャー・グランドブランク戦車工廠にて、1944年4月~7月に300輌の砲塔の無いM10A1車体をT71/M36に改修。
◎車体側面ボスは廃止されている。
◎後部牽引ラグはダブル。
◎ディファレンシャルカバーは牽引ラグに帯板状の足掛けを溶接した標準仕様のシャープノーズ。中央前端部のコの字型の足掛けは廃止されている。
◎T8/M4砲架を搭載。
◎主砲は当初はストレート型。途中からネジ山保護リング付きに移行。リングは先端まで同径の初期型。

※1943年11月、フィッシャーは生産中のM10A1をT71に改修し、500輌を納車するよう要請された。しかし、既に多くのM10A1が完成間近の状態となっており、フィッシャーが改修用として用意出来た砲塔の無いM10A1車体は300輌のみだった。そのため、補給廠で集積されていた車輛や訓練で使用されていた車輛が改修用に回されることとなった。90mm砲塔の生産は引き続きフィッシャーが担当したが、追加の改修作業はマッセイ・ハリスが請け負った。フィッシャーは後に不足分をM36B1の新規生産(187輌)で補填した。

※1944年1月~6月にライマ戦車補給廠にて、209輌のM10A1がM35全装軌牽引車に改修された。記録写真で確認出来るM35はいずれもフィッシャー製車体である。T71用の車体が300輌しか用意出来なかったのは、M35の改修計画と重なっていたせいかも知れない。フィッシャー製M10A1の大部分は早い段階でM35やT71/M36に改修されたため、マッセイ・ハリス、ALCO、MLWには主に中古のフォード製M10A1が供給されたと考えられる。

1944年6月30日、アバディーン性能試験場でのフィッシャー製T71(同社製M10A1車体)。登録番号40177395、シリアル番号67、1944年5月生産車。1944年1月の最終生産分のM10A1車体から改修された300輌の内の1輌。車体側面ボスが廃止され、グローサーラックは車体に直接溶接されている。車体前面アンテナブラケットは右上部の角に設置。前照灯基部は円筒型。ライトガードの前照灯プラグホルダーは垂直に設置。サイレンは前部の径が大きいマーズ・シグナルライト型(メッシュ型)。ディファレンシャルカバーは牽引ラグに帯板状の足掛けを溶接した標準仕様の1ピース型シャープノーズ。M10系車輛に特有のコの字型の足掛けは廃止されている。起動輪は平型。履帯はT51。M36のVVSSのリターンローラーアームは水平型(初期型)が一般的だが、この個体の右側第2ボギーのアームは斜め持ち上げ型(後期型)となっている。尚、戦後、アバディーン戦車博物館で展示され、フォート・ベニングに現存するT71(登録番号40177404、シリアル番号76)は別個体である。

手前はフィッシャー製T71(同社製M10A1車体)。第628戦車駆逐大隊所属車輛。現地改修によって砲塔に装甲屋根とM1919機関銃、ディファレンシャルカバーにコの字型足掛けを追加している。 履帯はT48。主砲はストレート型砲身。1945年、ドイツ・ライトでの撮影。

1945年4月、ドイツ・プラウエンでのフィッシャー製T71/M36(同社製M10A1車体)。第607戦車駆逐大隊所属車輛。履帯は拡張エンドコネクター(EEC)付きのT54E1。砲塔上部のM2重機関銃を左前方に移設しているのはM36で広範に実施された現地改修。主砲にはネジ山保護リング(先端まで同径の初期型)を装着。


マッセイ・ハリス製M36

◎マッセイ・ハリス・ラシーン工場にて、1944年6月~12月に500輌のM10A1をM36に改修。
◎大部分がフォード製車体だが、フィッシャー製車体も少数確認出来る。
◎車体右側面のフットマンループは最後部ボスを避けて前寄りに取り付けられている。
◎1944年6月~11月生産のシリアル番号301~600のM36はM4砲架、11月~12月生産のシリアル番号788~987のM36はM4A1砲架を搭載していたものと推察。
◎主砲はネジ山保護リング付きで、リングは先端まで同径の初期型と先端の径が小さい後期型の両方を使用。
◎タミヤのM36の新キットはマッセイ・ハリス製(フォード製M10A1車体)でM4砲架を搭載した車輛を再現している。

※マッセイ・ハリスはカナダの農機具メーカーで、大戦中は米ウィスコンシン州のラシーン工場でM5/M5A1軽戦車、M24軽戦車、M36戦車駆逐車の生産を請け負った。いずれもゼネラル・モーターズ系のキャデラックやフィッシャーの最終組立作業を補完した形である。

※フィッシャー製M10A1車体のT71/M36の内、同社が改修した300輛にはディファレンシャルカバーにコの字型の足掛けが付いていないのに対し、マッセイ・ハリスとALCOが改修した車輛には付いていたと考えられる。フィッシャー製M10A1(1943年10月生産車)から改修されたマッセイ・ハリス製M36(1944年8月生産車)がスロベニアに現存している。この個体は側面ボス付きのフィッシャー製M10A1車体という点でも非常に珍しい。当該車輛

M36への改修作業のため、マッセイ・ハリス・ラシーン工場(ウィスコンシン州)に鉄道輸送されて来たフォード製M10A1の中古車輛。側面ボス付きの車体。車体前面アンテナブラケットは右前照灯の真上に設置。前照灯基部は裾の広い鋳造製。ライトガードの前照灯プラグホルダーは車体前面と平行に設置。ディファレンシャルカバーは1ピース型ダルノーズ。起動輪はフォード型。履帯はT51。砲塔後部に楔型カウンターウェイトを装備。人物の服装から1944年秋の撮影と推察。

カルシミン(石灰塗料)で冬季迷彩を施されているマッセイ・ハリス製M36(フォード製M10A1車体)。1945年1月3日、ルクセンブルクでの撮影。車体右側面後方のフットマンループが最後部ボスより前方に取り付けられているのがマッセイ・ハリスの特徴。履帯はT54E1。

1945年3月24日、ドイツ・オッペンハイム近郊のライン川に架けられた舟橋を渡るマッセイ・ハリス製M36(フォード製M10A1車体)。登録番号40190087、1944年11月生産車。履帯はEEC付きのT49。車体側面下部の傾斜板はEECとの干渉を避けて切り詰められている。主砲のネジ山保護リングは先端の径が小さい後期型。


アメリカン・ロコモーティブ製M36

◎アメリカン・ロコモーティブ・スケネクタディ工場にて、1944年10月~12月に413輌のM10A1をM36に改修。
◎大部分がフォード製車体だが、フィッシャー製車体も少数確認出来る(『IMAGES OF WAR M36/M36B1』P.28)。
◎車体右側面のフットマンループはやや低い位置に取り付けられている。最後部下側のボスは削除されていることが多い(土浦武器学校のM36は最後部下側のボスがやや上方に移設されている)。
◎M4A1砲架を搭載。
◎主砲はネジ山保護リング付き。リングは先端の径が小さい後期型。
◎土浦武器学校と国内民間所有の現存車輛はいずれもALCO製M36(フォード製M10A1車体)と推察。

※ALCOは1943年12月にM4コンポジットの生産を終了。軍用機関車生産への転換を進めていた1944年半ばに急遽、M36の改修作業を要請された。1944年10月にM7自走砲からM36へ生産を移行し、年末までに完了した。

1945年2月、ドイツ・エルケレンツ近郊でのALCO製M36(フォード製M10A1車体)。第5機甲師団所属車輛。登録番号40191548、1944年12月生産車。フォード型起動輪とフェデラル・エレクトリック型(V字グリル型)サイレンを装備。履帯はEEC付き。車体左側面前方のホルダーには操縦手用ウィンドシールドとキャンバスフードが収納されている。この個体はマズルブレーキに対応したM4A1砲架を搭載している筈だが、砲口にはネジ山保護リング(後期型)を装着している。マズルブレーキは1945年5月から生産工場で導入され、前線で追加されることも無かったため、大戦中に実戦配備されたM36には間に合わなかった。

1945年3月7日、ドイツ・バート=ゴーデスベルクでのM36(フォード製M10A1車体)。第899戦車駆逐大隊所属車輛。マッセイ・ハリス又はALCOにて改修された個体。シャープノーズ・ディファレンシャルカバーは左右の足掛けが本体と一体鋳造になっている初期仕様。中央前端部にはコの字型の足掛けも付いている。フォード最後期の車体である可能性が高いが、車体前面アンテナブラケットや前照灯プラグホルダーの取付位置は変更されていない。サイレンはフェデラル型。履帯はT51。主砲のネジ山保護リングは後期型。

1952年、朝鮮半島で鉄道輸送中のALCO製M36(フォード製M10A1車体)。登録番号40191452、1944年11月生産車。車体右側面後方のフットマンループがやや低い位置に取り付けられているのがALCO製M36/M36B2の特徴。同社では最後部下側のボスを削除していることが多いが、この個体には残っている(日本に現存する2輌にも残っている)。戦後改修によって、排気ディフレクターを左右二分割式に、主砲はシングルバッフル型マズルブレーキとボア・エバキュエーターを備えたM3A1又はM3A2に換装されている。車体側面下部の足掛け用らしき半円形の切り欠きは西側諸国に供与されたM36で広範に見られる(John Randolph Coupland III撮影)。


フィッシャー製M36B1

◎フィッシャー・グランドブランク戦車工廠にて、1944年10月~12月に187輌のM36B1を生産。同工廠では当時、M4A3(75)WとM4A3(76)Wを生産しており、M10A1車体の代替としてM4A3車体にM36の90mm砲塔を搭載した。1944年12月生産のM4A3(75)Wの一部はHVSSを装備していたが、M4A3(76)WとM36B1は全車がVVSS装備だった模様。

同時期のフィッシャー製M4A3との共通点
◎車体前面装甲板上端部の面取りを省略。補助ペリスコープ前の跳弾板は短くなっている。
◎車体前面左右両端にリアビューミラー取付基部を追加。但し、実際にミラーを取り付けていることは稀である。
◎車体前面吊り上げリングは外寄りに設置。
◎車体前部中央のベンチレーター(U字型の溝)にカバーを追加。
◎シャープノーズ・ディファレンシャルカバー左側に牽引ケーブルクランプを追加。
◎エンジンデッキ後部パネルは前後2枚の分割式。
◎車体上面左後方の牽引ケーブルクランプは吊り上げリングの内側付近に設置。フィッシャー製M4A3はクライスラー製M4A3とは異なり、車体後端部への移設をしなかった。
◎砲塔リング跳弾板の左右側面の水抜き穴は大きな穴が一つ空いている。
◎排気ディフレクターは1944年生産のM4A3に装備された板金製の一体式。1942年~1943年生産のM4A3/M10A1のディフレクターに若干の改良を加えたもので、左側に押し上げ用の支柱、中央に固定用のピンを標準装備している。中央部分の横板は切り欠かれている。
◎T型シャックル導入に伴い、1944年12月に後部牽引ラグがダブルからシングルへ移行。※上画像参照。
◎VVSSのリターンローラーアームは斜め持ち上げ型(後期型)。
◎転輪は大径ハブの溶接スポーク型(小穴スポーク型)又はディッシュ型。起動輪は平型、誘導輪はプレススポーク型。

M4A3との相違点
◎車体前面左側に板材をL字型に組んだアンテナブラケットを追加。
◎エンジンデッキ前端部の跳弾板は砲塔との干渉を避けるために中央上部が切り欠かれている。※上画像参照。
◎消火器ハンドルカバーの砲塔側のガードが無くなり、代わりに機関室側に板材をコの字型に組んだガードを追加。※上画像参照。
◎砲塔リング跳弾板内側(砲塔の右後方)の換気口は廃止されており、円形の板で塞がれている。
◎主砲トラベルロックは車体上面後端部に装備。トラベルロックは76mm砲型/105mm砲型シャーマン、M36と共通の足の長いタイプ。M36と同様、現地改修で車体前面に移設している個体も確認出来る。
◎M4A1砲架を搭載。
◎主砲はネジ山保護リング付き。リングは先端の径が小さい後期型。

※アバディーン性能試験場で1944年12月26日に撮影されたM36B1 1944年12月生産車(登録番号40191054)はダブルバッフル型マズルブレーキを装備している(『IMAGES OF WAR M36/M36B1』 P.105-107)。但し、前線ではマズルブレーキ付きの個体は確認出来ない。

フィッシャー・グランドブランク戦車工廠でのM36B1。フィッシャーの1944年12月8日付の広報写真で、説明文には「新型『ジェネラル・ジャクソン』 この新兵器は連合軍のフランス進撃の急先鋒となった最初のM-36の後継車輛である。 注釈:『ジェネラル・ジャクソン』はM-36の公式のニックネームである」と記載されている。車体前面の吊り上げリングは外寄りに設置。右前照灯の外側に板材をL字型に組んだアンテナブラケットを装備。シャープノーズ・ディファレンシャルカバー左側に牽引ケーブルクランプが追加されている。転輪は大径ハブのディッシュ型。履帯はT54E1。背景にはM4A3(75)WとM4A3(76)Wが見える。

1945年3月15日、ドイツ・ハルガルテン近郊で泥濘に嵌まって身動きが取れなくなり、回収車の到着を待つM36B1。第899戦車駆逐大隊所属車輛。M36B1の車体は基本的に同時期のフィッシャー製M4A3と共通だが、右前部にアンテナ、後部に主砲トラベルロックを装備している。エンジンデッキ前端部の跳弾板は砲塔と干渉するため、中央上部が切り欠かれている。その左横に位置する消火器ハンドルは機関室側にコの字型のガードが追加されている。履帯はT51。砲塔開口部の前方には強化されたM4A1砲架トラベルロックが見える。主砲のネジ山保護リングは後期型。

1945年、ドイツ・オルテンブルクのマルクト広場でのM36B1。第771戦車駆逐大隊所属車輛。登録番号40190927、1944年10月生産車。履帯はEEC付きで、転輪は大径ハブの溶接スポーク型(小穴スポーク型)。前から5番目の転輪は小径ハブのプレススポーク型に交換されている模様。


モントリオール・ロコモーティブ製M36

◎モントリオール・ロコモーティブにて、1945年5月~7月に200輌のM10A1をM36に改修。M36としては最後期生産車に当たり、大戦中に実戦投入されることは無かった。
◎ほぼ全車がフォード製車体と推察。
◎MLWには従来改修に回されていなかった車体前面アンテナブラケットが未装備のM10A1初期生産車も供給された。これらの車輛はM36への改修に伴い、アンテナブラケットが右上部の角に後付けされている。
◎車体右側面の予備履帯ホルダーの前に救急箱が追加されている。
◎車体右側面の最後部ボスは上下共に削除されている。
◎一部の車輛は車体後面トラベルロックの右横にインターフォンを装備している。これは大戦後に追加されたものかも知れない。
◎排気ディフレクターは1945年生産のM4A3と共通の左右二分割式装甲ディフレクターに換装。但し、M36では長いピントルフックとの干渉を避けて中央下部が切り欠かれており、M36B2のディフレクターとよく似た外観になっている。
◎足回りは履帯の両側に拡張エンドコネクターを装着可能なE9仕様(スペースドアウトVVSS)に改修。履帯はT74が一般的。
◎サイレンはホーンに変更され、左前照灯の真上に移設。
◎砲塔に装甲屋根を追加。
◎M4A1砲架を搭載。
◎主砲はダブルバッフル型マズルブレーキ付き。

1952年10月8日、白馬高地の戦いで長距離支援射撃を行う韓国軍第9師団第53戦車中隊のM36。左側の個体は1945年生産のモントリオール・ロコモーティブ製M36(フォード製M10A1車体)。足回りはE9仕様に改修。履帯はT74。排気ディフレクターは左右二分割式装甲ディフレクターに換装。これは1945年生産のM4A3用と基本的に同じものだが、M36では長いピントルフックとの干渉を避けて、中央下部が切り欠かれている。車体後面の主砲トラベルロックの右横にインターフォン、右側面前方に救急箱、砲塔上部に装甲屋根を装備。M2重機関銃は前方に移設。主砲にはダブルバッフル型マズルブレーキを装着している。右側の個体は通常型VVSSを装備しているので、1944年生産のマッセイ・ハリス又はALCO製M36と推察。足回り以外は1945年生産車の仕様に準じた戦後改修が施されている。排気ディフレクターを左右二分割式に換装、砲塔上部に装甲屋根を追加、主砲はシングルバッフル型マズルブレーキとボア・エバキュエーターを備えたM3A1又はM3A2に換装されている。

1951年10月23日、訓練中の韓国軍首都師団第51戦車中隊のモントリオール・ロコモーティブ製M36。登録番号4046826はフォード製M10A1 1943年3月生産車を示しており、MLWで改修されたM36/M36B2には新規の登録番号が割り当てられなかった模様。この個体は車体後面にインターフォンを装備していない。


アメリカン・ロコモーティブ製M36B2


◎アメリカン・ロコモーティブ・スケネクタディ工場にて、1945年5月~7月に672輌のM10をM36B2に改修。
◎側面ボス付きの車体で、ディファレンシャルカバーは1ピース型ダルノーズ。M10の初期又は中期生産車から改修されており、当時、後期生産車は米国内に殆ど残っていなかったと考えられる。
◎車体前面アンテナブラケットが未装備だったM10初期生産車はM36B2への改修に伴い、右上部の角に後付けされている。
◎車体右側面の予備履帯ホルダーの前に救急箱が追加されている。
◎車体右側面のフットマンループはやや低い位置に取り付けられている。最後部下側のボスは削除されていることが多い。
◎排気ディフレクターはM4A2(76)W HVSSと共通の左右二分割式装甲ディフレクターに換装。M10は車体後面下端部にアーチ状の切り欠きが有るため、板材で塞いだ上で4箇所にヒンジを溶接している。M36とM36B2の左右二分割式装甲ディフレクターはよく似ているが、前者は縦の仕切り板が均等幅で配置されているのに対し、後者は内側部分の幅が狭い。※上画像参照。
◎足回りは履帯の両側に拡張エンドコネクターを装着可能なE9仕様(スペースドアウトVVSS)に改修。履帯はT74が一般的。
◎サイレンはホーンに変更され、左前照灯の真上に移設。
◎砲塔に装甲屋根を追加。
◎M4A1砲架を搭載。
◎主砲はダブルバッフル型マズルブレーキ付き。

1945年5月、日本侵攻に備えてロサンゼルスで出荷を待つM36B2。エンジンデッキ上に装備品を収納した木箱が積まれているため、M36との判別は難しいが、右側手前から2番目の個体のボス基部が四角形(M10極初期生産車の仕様)であることから、M36B2と判断。M10A1のボス基部は当初から円形だった。車体前面アンテナブラケットは未装備だったため、右上部の角(後期位置)に後付けされている。右側面には救急箱が追加されている。右側面最後部下側のボスが削除されているのはALCOとモントリオール・ロコモーティブで改修されたM36/M36B2に共通する特徴で、撮影時期からALCO製と推察。足回りは履帯の両側にEECを装着したE9仕様。履帯は恐らくT74。T54E1に似ているが、裏面がラバー製で、主に戦後から使用された。大戦中の写真は極めて珍しい。日本降伏により、M36系戦車駆逐車が太平洋戦線に投入されることは無かった。


戦後改修

第二次世界大戦後、米軍戦車駆逐大隊は解隊された。米軍で役目を終えたM36系車輛は西側諸国へ供与された。その際、1944年生産車は通常型VVSSの足回りを除き、1945年生産車に準じた仕様への改修が施された。具体的には左右二分割式装甲ディフレクターや救急箱が装備され、一部の車輛には装甲屋根やインターフォンも追加された。インドシナ戦争ではフランス軍極東植民地装甲連隊(RBCEO)のM36B2、朝鮮戦争では韓国軍のM36が投入されている。

※日本には1955年頃に中特車ST(後の61式戦車)開発の技術参考用として米軍からM36が供与された。現在も1輌が陸上自衛隊土浦武器学校で展示されている。国内にはもう1輌、民間所有のM36が非公開で保管されている。これは屑鉄用として払い下げられ、東京兵器補給廠で解体された個体を非稼働状態で復元したものと伝えられている。

※インドシナ戦争に敗れたフランスは1955年に8輌のM36B2を台湾に売却した。M36B2は金門島に配備され、1958年の金門砲戦(八二三砲戦)に投入された。これらの車輛は大戦後に大規模な改修を加えられた形跡が無く、生産当時の外観をかなり保っている。現在は金門島及び台湾本島各地で展示されている。

M3A1/M3A2 90mm砲
シングルバッフル型マズルブレーキとボア・エバキュエーターに対応した戦後型。砲身にエバキュエーター用ガスポートが追加されている。1950年代初頭より、戦中型のM3砲から換装された。M3A1砲とM3A2砲の外観はほぼ同じである。シングルバッフル型マズルブレーキとエバキュエーターはM4A1砲架を搭載する車輛に装着されている。M4砲架を搭載する車輛でもM3A1/M3A2砲への換装は行われているが、それらの砲身には先端の径が小さいネジ山保護リングが装着され、ガスポートが露出している。

※M3A1/M3A2砲はM26A1パーシングやM46パットンにも搭載された。

シングルバッフル型マズルブレーキは、先端部が平坦で左右が削られているものと、先端部に丸みの有るものが存在する。

車体前方機銃
朝鮮戦争時のM36はシャーマンと同様の車体前方機銃を装備している個体が多い。詳細不明ながら、東京兵器補給廠で追加されたものかも知れない。現存車輛では日本国内の2輌の他、韓国の2輌と中国の1輌(1951年に鉄原で鹵獲された車輛)でこの改修が施されている。一方、東アジア地域以外のM36や台湾のM36B2では確認出来ない。写真は朝鮮半島で鉄道輸送中のM36で、4輌全てに機銃ボールマウントが追加されている(1953年~1954年、Vernon L. Plummer撮影)。



朝鮮戦争休戦後、所沢兵器分廠に集積されているM36。1954年9月29日撮影。手前の個体は車体右側面後方のフットマンループが低い位置に付いており、 最後部下側のボスが削除されている。又、E9仕様では無いことから、ALCO製M36(フォード製M10A1車体)と推察。戦後改修によって主砲はシングルバッフル型マズルブレーキとボア・エバキュエーターを備えたM3A1又はM3A2に換装。車体前面に機銃ボールマウント、右側面に救急箱が追加されている。これらのM36がその後、どうなったのかは不明。屑鉄用として民間に払い下げられて解体されたのか、あるいは韓国軍に供与されたのかも知れない。

※1956年に朝鮮戦争時の米軍戦車が2回(1回目が約200輌、2回目が約90輌)に渡って民間に払い下げられ、所沢兵器廠(所沢兵器分廠から改称)で解体された。当時の数枚の写真からM46パットンが解体されたことは確認出来る。1回目の200輌分の用途は不明だが、2回目の90輌分のスクラップはトラックで東京製鐵千住工場に搬入され、平炉で溶かされて形鋼に加工。鉄不足の時代にあって米軍戦車の装甲材は良質なものだったことから、東京タワーの大展望台より上部の細い鉄骨(1000~1500トン程度)として使用された。


M36のニックネーム

M36には「ジャクソン」と「スラッガー」という二つのニックネームが存在する。これらはいずれも第二次世界大戦中の米国の公的機関による文書で確認出来る名称であり、戦後に模型メーカーが勝手に命名したものではない。

戦争省兵器局による1944年5月2日付の文書『兵器又は軍需品の命名:Naming of Ordnance Weapons and/or Materiel』には「提案名称」として「90mm自走砲 T71 ブラック・ジャック」と記されている。しかし、ブラック・ジャックは第一次世界大戦時のジョン・J・パーシング将軍の二つ名で、M26重戦車と重複することから没になったと思われる。同じく兵器局による1944年11月24日付の文書『兵器のニックネーム:Nicknames for Ordnance』では、「90mm自走砲 M36 ジェネラル・ジャクソン」に変更されている。又、1944年12月8日付のフィッシャーによるM36B1の広報写真には「『ジェネラル・ジャクソン』はM-36の公式のニックネームである」と付記されている。

一方、アバディーンの兵器学校が発行した『兵器軍曹:The Ordnance Sergeant』1945年2月号掲載のニックネーム一覧には「90mm自走砲 M36 スラッガー」という別の名称が登場している。さらに同記事では「戦争省の通達により、公式文書や刊行物に於いてこれらのニックネームの使用は禁止されている。しかし、多くの用途に於いて「スラッガー」は「90mm自走砲 M36」より適切な名称であることから、今後益々広く使用されるに違いない」とまで予言している。戦後、アバディーンで展示されていたT71の看板にも「スラッガー」と掲示されていた。又、ALCOが戦後に発行した冊子『アメリカン・ロコモーティブは戦地に征く:American Locomotive Went to War』の「ナチスのタイガー戦車を制する猛獣使い:Tamer of the Nazi Tiger Tank」の章には「陸軍ではM-36と呼んでいたが、戦車兵達は『スラッガー』と呼んでいた」との記述が有る。

「スラッガー」は野球の強打者、所謂大砲を意味する用語で、M36に相応しいと言えるだろう。だが「ジャクソン」はどうなったのか? 何らかの事情で最終的に「スラッガー」に変更されたのか? あるいは上層部は「ジャクソン」を採用したものの、現場では「スラッガー」が支持されたのか? 南北戦争時の南軍のストーンウォール・ジャクソン将軍は味方の誤射によって重傷を負い、それが元で死んだ。前線の兵士からはその辺りが敬遠されたのかも知れない。真相は藪の中である。

※今日、M36のニックネームとしては「ジャクソン」の方が「スラッガー」よりも一般的である。これはタミヤがM36の旧キットに「ジャクソン」の名を冠していたことが大きく影響していると思われる。タミヤは1968年3月に「M36B2 駆逐戦車バッファロー」を発売。このキットは自衛隊供与車輛を元に開発したらしく、シングルバッフル型マズルブレーキ、ボア・エバキュエーター、車体前方機銃を装備した朝鮮戦争仕様のM36を再現していた。1973年3月に「M36 ジャクソン襲撃砲戦車」に改称。この際に足回り全体が改修され、再現性が大幅に向上した。1975年3月にM36と車体を共用した「M10 襲撃砲戦車」(実際にはM10A1)が発売。この際に車体の金型が改修され、前方機銃を削除、側面下部の半円形の切り欠きも無くなり、大戦時の仕様に変更された。ところで、タミヤが製品名を「ジャクソン」にした明確な理由は分からない。田宮俊作氏は1966年3月に初めてアバディーンを訪れ、展示車輛を取材している。もし同地のT71を元に開発していたら、「スラッガー」になっていたのかも知れない。


参考資料
『IMAGES OF WAR M36/M36B1 TANK DESTROYER』David Doyle (Pen & Sword)
『U.S. WW II & KOREA M36 & M36B1 & M36B2』『U.S. WW II & M10 & M10A1』 Michael Franz (TANKOGRAD TECHNICAL MANUAL SERIES)
『グランドパワー』2011年7月号 No.206「アメリカ軍駆逐戦車」、2011年9月号 No.208「大戦後に使用されたM36」 丹羽 和夫 (ガリレオ出版)
『M10/Achilles A VISIAL HISTORY OF THE U.S. ARMY'S WWII TANKS DESTROYER』 David Doyle
『LEGENDS OF WARFARE M10 Gun Motor Carriage』 David Doyle
『SHERMAN A History of the American Medium Tank』 Richard Hannicut (EPBM)
『タミヤの動く戦車プラモデル大全』 松井 康真 (大日本絵画)
The American Automobile Industry in World War Two
SHERMAN MINUTIA WEBSITE
Surviving Panzers website

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